自然療法家になろうと思ったきっかけ

自然療法家になろうと思ったきっかけ

アトピっ子、脱ステする

実は、私自身が小さい頃からアトピーで、両親が医療関係者という事もあってかずっとステロイドを塗り続けていました。薬はだんだん強くなっていき、最終的にはこれ以上強いものはないというレベルにまで到達。

身体が成長するにつれ症状自体はマシになっていきましたが、少しでも肌に刺激のある物質(市販のシャンプーなど)に触れるとすぐにアトピーが出るという状態になっていき、ボロボロが出ては薬を塗って、の繰り返しでした。
18歳になった頃、当時の親友(彼女自身もステロイドを塗り続けていた)が「ステロイドは良くないんだよ!」と教えてくれ「よし、薬を止めよう」と脱ステロイド決意。一気に止めてしまいました。

すると、みるみる顔がお岩さんのように腫れ、体中のあちこちからリンパ液が流れ出る状態に。特にひじから下が酷く、手を下に下げて生活すると血が巡って痛いので、ずっと手を曲げ、手術前の手袋したドクターのように生活していました。

ここまでなるとステロイドに戻る人も多いそうですが「アホの一念岩をも通す」で、半年以上その状態で我慢し続けました。当時は大学のため下宿して一人暮らしだったのですが、今思ってもよくやったなと思います(笑)半年ほど経った頃、徐々にその症状は引いていき、経費毒に気を付けながら生活していれば全く何の症状も出ないほどにまで回復しました。

そんな経験をしていたのでステロイドの怖さは身をもって知っており、子どもには絶対にステロイドを塗りたくない、どうか湿疹のないきれいな子どもで生まれてくれ!と願っていました。

子どもにアトピーが出てしまった!

私は夫の仕事の都合でアメリカで出産したのですが、我が子はビックリするぐらいきれいな状態で生まれてくれました。乳児湿疹とも一切無縁で「私に似なくて良かったなぁ」と心から安堵していました。

ところが、1歳前後で日本に帰国した途端、娘にボロボロが出始めました。最初は慣れない環境だからかなぁ?と思っていたのですが、日に日に酷くなってしまい、痒そうなのを見ているのが耐えられず、近所の子どもアレルギー科のドアを叩きました。

毒ターと毒親の華麗なる共演

アホな私は(笑)、病院へ行っておきながら「先生、子どものアトピーが酷いんですが、どうしても薬は塗りたくありません。どうしたら良いでしょうか?」と尋ねました。するとそのドクターは「昔は弱いステロイドから強いステロイドへと移行していく処方の仕方だったから薬がなかなか止められなかったけど、今は最初に強い薬を出してその後徐々に弱くしていくから依存はしませんよ。しかも、ステロイドなんて尿と一緒に代謝されてしまいますから、大丈夫です」と言う。
「ふーん、そうか。そんなものか」と、お薬を貰って帰りました。なんか嫌だなと抵抗感を感じつつ、掻きむしる娘をどうにかしたいという思いで、薬を塗りました。今思えば、娘がかわいそうと言いつつ、本当は自分の罪悪感に耐えられなかったんだと思います。

「薬を使わない皮膚科医」との出会い

早速薬を塗ってみるとビックリするぐらいきれいになる。昨日まであんなに赤くなっていたのが、もう普通の肌のよう。安堵する反面、やっぱり「怖い」と思いました。でも、塗るのを止めるとまたすぐボロボロが出てきてしまう。「どうしよう、どうしよう」と悩んで、当時のママ友に聞いた「ステロイドを処方しない皮膚科の先生」のところを受診する事に決めました。

行ってみたら、女性のとても優しい先生で、東洋医学も取り入れた自然療法を主に実践されていました。その先生は「症状は必要だから出ているんです」と言い、「子どもの時のアトピーは特に重要な解毒であるし、子どもは大人のようには痒くない。掻くのも必要だから掻くんであって、無理に止めてはいけないの」「それに、アトピーを無理にステロイドで止めた結果、喘息になって出ることもあるのよ」と教えてくれました。

当時はその言葉に随分救われたんだと思います。本当は、親が救われてる場合じゃないんですが、それから食事も気を付けるようになって、添加物抜き、無農薬野菜を取り寄せるという食事に切り替えました。それでも、砂糖は甜菜糖か黒糖、お菓子は手作りだったらいいよね♪という生活でしたが・・・

そのままそのクリニックに通いながらステロイドは塗らないまま過ごし、症状はマシになったり酷くなったりを繰り返していました。そのうち夫の転勤で今度は横浜へ引っ越すことになりました。

横浜で、まさかの喘息発症

引っ越した直後は色々と珍しくて外食も増え、しばらく食事の不摂生が続きました。
するとある時、娘が風邪をひき高熱を出し、咳が酷すぎて夜眠れない、泣いて起きてしまうという事が1か月の間に2回ありました。最初は何とかしのいだのですが、2回目は特に酷く、夫も不在だったため半分パニックになり、そのまま緊急外来に連れていきました。

するとその先生は“咳が楽になるお薬”を処方し「あー。これは喘息かもしれないね。明日になったらアレルギー科を必ず受診してください」という。

これには「なんでステロイドを使ってこなかったのに喘息になるの?!」と結構ショックを受けました。

次の日、懲りずにまた子どもアレルギー科を受診。すると、その先生は「これは喘息ですね。本当は大発作3回で喘息と診断するんですが、この短い期間に2回も発作が起こっているので、喘息と診断して問題ないでしょう。なので、これからは症状がなくても薬を飲み続けてもらいます。大発作が起こってお子さんが死んだら困るでしょ。とりあえず今日はステロイド吸入で気管支を広げておきますね」

「毎日薬?ステロイド吸入??なんだそれ?!」と思い、「いや、毎日はちょっと・・・」と言うと「お仕事されているお母さんでもお子さんのためにちゃんといらしてますよ。いらっしゃれないと言うんですか?」と言われる。

この時点でも何も気づかなかった私は「そうだ、名古屋の先生に相談してみよう。あの先生が“喘息になってしまったらお薬を飲むしか仕方がない”と言ったら薬を飲ませよう」と思い、電話診察をお願いする事にしました。

すると先生は「今の医者って喘息って診断が好きなんですよね。今の時期風邪をひきやすくて咳が出るのはそんなに不自然な事じゃないと思います。喘息と言う診断は尚早じゃないでしょうか」とおっしゃり、アレルギー科に通うのはやめる事にしました。

すると次の日、その先生がわざわざお電話を下さり「関東方面にいるなら真弓定男先生という小児科の先生のところへ行くと良い」と教えて下さり、行ってみる事にしました。
今はもうご高齢で診察はされていませんが、当時は予約を取る事ができました。

伝説の小児科医真弓定男先生に1時間怒られ倒す

真弓先生の病院へ行き、子どもの症状や状況を少し話すと「子どもに牛乳飲ませとるんかー!牛乳飲ませるなら酒の方がマシだー!」とか「砂糖食わせてる?とんでもない親だ!」「なんも知らんな。自分で勉強せい!!」と1時間じゅう怒られまくった(笑)
どれくらいって、子どもが怯えて帰りたがるくらいです(笑)

その時に何冊か「これ読め、これ読め」と出された本の中に、内海聡先生の本「1日3食を止めなさい」がありました。「これ、僕のお友達の新刊!読め!!」と(笑)

それでも、その時の私の気持ちを思い出すと、ショックと同時に「私だって食事とか結構頑張って悩んできたのに、もうちょっと話聞いてくれたっていいのに」と思っていた気がします。終わってますね(笑)

内海先生の本とようやく訪れた“本当の気づき”

それでも帰って早速、一番名前が覚えやすかった内海先生の本を取り寄せて読んでみました。すると、これまでの常識を覆すとはまさにこのことで、とにかく自分がにわか知識でやってきたことと全く違う事が書かれていました。

何という事か、全部、全部、ぜーーーーーんぶ、母親である私の問題だったんだ。全部私のせいだったんだ!!!

そのことに本当の意味でようやく気が付き、自分のアホさ加減が情けないのか、子どもに申し訳なさすぎるのか、とにかく子どもに向かって謝らずにはいられなくなりました。自分のアホのせいでどれだけ苦しめてしまったのか、一生懸命症状で教えてくれていたのに、人に指摘されるまで、最後の最後まで気付けなかった。

気づいたらもうダーダーに泣いていて、3歳の娘に向かって「本当にごめん、本当にごめんなさい。全部、全部ママのせいだった!」と叫んでいました。

そしたら娘はアトピーまみれの小さなボロボロの手で私をやさしく撫で「ママ、良いよぅ、良いよぅ」と言いました。「全然良くないよ!なんっにも良くない!!」そう思うと同時に「親は何があっても絶対に間違っちゃならない瞬間がある」と強く強く思いました。今書いていても涙が出てきます。

これはまた、親はどれだけ子どもに救われ甘やかされるのか、子どもという存在の偉大さを知った瞬間でもありました。

とにかく生活が180度変わった

それからは言い訳なしで、とにかく完全に生活を変えました。砂糖は捨てる。牛乳は買わない。食品添加物は徹底排除。無農薬野菜は継続、スーパーでの買い物は一切やめる。

するとどうでしょうか、1か月もすると、娘の症状は見る見るよくなっていきました。喘息どころか、アトピーまで良くなってしまった。

それ以降、娘は外食が続いたり環境(季節)が変わったりすると少しボロボロが出ますが、喘息様の症状は以後一切出なくなりました。

症状を改善したのは私の意識

なぜこのような結果になったかを考えると、「食事を変えたから」と見えるかもしれませんが、私(親)の意識が変わったことが最も大きい気がしてなりません。

真弓先生や内海先生に出会うまでは、私はどこか自分を被害者だと思っていました。本当は一番の加害者なのに、です。でも、言い訳を一切やめ、真剣に取り組んだからこそ、生活を完全に変えられました。

もし、意識が完全に変わっていなかったら「そうは言っても砂糖は必要だし~、はちみつにしとく?」とか「だってスーパーに良い食材売ってないじゃーん、買うとこ、食べるもんなくなるじゃーん」とか言って、妥協点を探っていたに違いありません。

食事が変わったというのは枝葉であって、もっと手前があったからこそ、子どもの症状にきちんと向き合えたんだと思います。

自分の責任を受け入れる事は、実は最も楽な道である♪

そしてまた、自分の責任だと受け入れる事は、実はすごく楽な事なんだと分かりました。「私は悪くない、むしろ被害者なんだ、分かって!」と抗っていた時が正直一番しんどかった(笑)

心理学の研究でも、人にとってストレスはストレスそのものよりも、そのストレスがコントロールできないと思える事がもっともストレスだ、というのがあって、私は心理学は嫌いですがこれは納得できるな、と思います。

また医者に依存していたことも、医者次第で何でもコロコロ変わってしまうので、本当にしんどかったです。でも、今は全部自分の責任、症状は自分が出している、だから自分の責任でコントロールできると思えるので楽なのです。

そして、現在に至る

仕事の面でも内海先生とはご縁があり、クリニックで雇っていただきました。先生は何かを直接教えるという事は殆どしませんが、先生の生き様に触れたことで、私には様々な価値観の変容が起こりました。

まず、内容に疑問を持っているのに資格欲しさに通っていた大学院でしたが、資格に頼るのをやめ、自分でやってみようと決意する事ができ、退学しました。
世の中では一見「オカルト」や「カルト」と見える事を切り捨ててしまうのは、実は自分が一番損をするという事を知りました。
依存や被害者意識がどれだけ有害なのか、精神医学や心理学がそれらをどれだけ人の中に誘発させるのかを知りました。
自己を否定する事でしか得られないものがある事を知りました。
本当の意味で自分のアイデンティティを確立する事の重要性、人生の目標を掲げる事の重要性を知りました。
人が“本当に治る”とはどういうことなのか、を教わりました。
その他諸々、本当に人生が変わった2年間でした(笑)

私はすべてのママたちをこんな風に変えたいとは思いません(笑)
ただ、その方がずっと楽で、ずっと健全で楽しくて、自然な事なんだと伝え続けたいと思っています。